
賢治の詩碑案内板(賢治に関する案内板はこれで統一されているようだ)

賢治詩碑の解説
これによると、ここは羅須地人協会設立の地であり、「雨ニモマケズ」の詩碑は死後3年後に建立され、書は高村光太郎、石碑の下には遺骨と経文が納められているとのこと

見えにくいかもしれないが、「雨ニモマケズ」の碑文には、誤りが後で見つかって、光太郎自らが横に書き直したといういきさつがある。
「デクノバウトヨバレ」の「バ」を「ボ」と横に書き直している。

賢治詩碑(つまり当時の羅須地人協会)の下にある「賢治自耕の地」
今は田圃になって面影はないが、昔は畑だったという。そして、有名な「下ノ畑ニ居リマス 賢治」の下の畑がこの辺である。